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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)4872号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

細川喜信

的場智子

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

酒巻英雄

右訴訟代理人弁護士

辰野久夫

主文

一  被告は、原告に対し、金三八二万〇二四五円及び内金三四七万〇二四五円に対する平成六年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一九〇八万一二二五円及び内金一七三五万一二二五円に対する平成二年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告の従業員の勧誘によって外貨建てワラントを購入した原告が、被告に対し、勧誘行為などに各種の違法行為があったとして、民法七〇九条による被告自身の不法行為責任又は民法七一五条による使用者責任を理由に、ワラント購入代金相当額及び弁護士費用の損害賠償を求める事件である。

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告(昭和二二年生)は、大阪市中央区で司法書士を開業している者である。

(二) 被告は、証券業を営む株式会社であり、大阪市天王寺区に天王寺駅支店を開設している。

2  ワラント(乙一、証人乙山三男)

(一) ワラントとは、昭和五六年の商法改正で創設された新株式引受権付社債(ワラント債)の社債部分から切り離され、それ自体で独自に取引の対象とされている新株引受権ないしこれを表象する証券のことであり、発行会社の株式を、一定の期間(権利行使期間)内に、一定の価格(権利行使価格)で、一定量購入することのできる権利(ないしこの権利を表象する証券)である。

(二) ワラントの商品としての特徴

(1) ワラントの価格は、理論上は株価に連動するが、その変動率は株価の数倍にもなり、したがって、少額の資金で株式を売買した場合と同等以上の投資効果を上げることも可能であるが、反面、株価が下落した場合には、株式であればそれほど損失を被らない場合であっても、ワラントの場合には大きな損失になり、場合によっては、投資金額の全額を失うこともある。また、価格形成にあたっては、株価のほか、プレミアムと呼ばれる株価上昇への思惑部分が加算されるために、実際には株価と連動しない場合もある。

(2) 権利行使期間を過ぎると、ワラントは無価値となる。

3  本件取引

原告は、平成二年七月一八日、当時被告天王寺駅支店の従業員であった乙山三男(以下「乙山」という。)の勧誘によって、左記のワラント(以下「本件ワラント」という。)を購入した(以下「本件取引」という。)。

銘柄 第二回大京ワラント

数量 一〇〇ワラント

額面 五〇〇〇アメリカドル

売買価格 一七三五万一二二五円

権利行使期限 平成六年七月一二日

二  原告の主張

1  本件取引の経緯

(一) 原告は、平成二年三月ころから、株式の信用取引の経験があったが、ワラントについての知識は全くなかった。また、原告は、本件取引まで被告との間で、証券取引をしたことはなかった。

(二) 乙山は、平成二年六月ころ、原告の司法書士事務所を訪問し、株式でも何でもいいから取引を開始してほしいと勧誘した。その後、乙山は、四回程度、原告事務所を訪問し、「取引が最初の客やから損はさせない。一七〇〇万円を預けてくれたら一〇日で一〇〇万円を必ず儲けさせるから、大京のワラントを買ってくれ。一〇日持ってくれたらよい。」と執拗に勧誘した。その間、乙山は、原告に対し、再三にわたり、「ワラントとは、必ず儲かるものである。」という説明をしただけで、その他の細かいワラントについての説明は行わず、ワラントに関する説明書も交付しなかった。原告は、ワラントという商品を知らなかったし、それまで売買をしたこともなかったので、当初、勧誘を拒否していたが、乙山の執拗な勧誘により、結局、平成二年七月一八日、本件ワラントの購入をさせられた。

(三) 原告は、平成二年七月末、乙山に対し、約一〇日が経過したので、仕切り(換金)をしてくれるよう要求した。これに対し、乙山は、「株式が値下がりして一五〇万円くらい損が出ている。必ず儲けてもらうから、売りをしないでほしい。必ず儲けてもらいます。」と繰り返した。

原告は、驚くとともに、強く約束違反を抗議し、とにかく一五〇万円を除いた残金を早急に届けるよう要求した。

これに対し、乙山は、上司である丙川春雄(以下「丙川」という。)を同行して、原告方を訪問した。丙川は「今は売れません。もうちょっと待ってもらえれば必ず上がります。その時に、すぐに損をさせずに売ります。」と説明し、原告の換金要求を拒否した。

原告は、平成二年九月ころにも換金を求めたが、乙山は「今処分すると損ですよ。これから上がりますよ。」と虚偽の事実を言って、換金を拒否した。

2  本件取引の違法性

本件取引において、被告の勧誘等の業務遂行は、証券取引法(平成四年法律七三号による改正前のもの。以下同じ。以下「証取法」という。)及びその関連法令上、遵守すべき以下の義務に著しく違反している。

(一) 断定的判断の提供の禁止についての義務違反

証券会社が顧客に株価変動に関する断定的判断を提供することは証取法五〇条一項一号によって禁止されているにもかかわらず、被告は原告に対し、「必ず儲かります。」と断定的判断を提供した。

(二) 虚偽表示・誤導表示の使用の禁止についての義務違反

証券会社が勧誘に虚偽の情報を提供したり、重要な事実をあえて告知しないなど誤解を生じさせる情報を提供することは、証取法五〇条一項五号、五八条二号、証券会社の健全性の準則等に関する省令(平成三年大蔵令五五号による改正前のもの。)一条一号によって禁止されている。被告は、ワラントが極めてハイリスクな投資商品で、権利行使期間が過ぎると紙屑になることを知っていながら、これを秘するばかりか、「必ず上がります。」などと、虚偽若しくは甚だ根拠の乏しい情報を提供した。

(三) 強引で執拗な勧誘の禁止についての義務違反

証券取引が投資家の自由な意思と判断で取引されるべきであるとすると、強引な勧誘と執拗な勧誘はこれを阻害し、取引の公正を損なうものであるので違法性を帯びる。

原告は、ワラント取引を明確に断っていた。それにもかかわらず、被告は乙山を通じて、「別に損するものではありません。儲かりますから、安心して買ってもらえます。」などと言って強引に勧誘した。

(四) 仕切り(換金)拒否禁止についての義務違反

ワラント取引は、顧客と証券会社との間の相対取引であり、市場性がないから、顧客が投下資本を回収するためには、買付先の証券会社へ売却するしかなく、証券会社が買戻しを先延ばしにしたり、拒否したりすると、顧客の投下資本回収の方法は事実上閉ざされてしまうことになる。そのため、証券会社は、ワラント購入者から買戻しを求められたら、誠実に買い戻す義務を負い、右義務に違反して買戻しに応じないのは、仕切り拒否として、違法性を帯びる。

原告は、平成二年七月末及び九月ころ、被告に対し、本件ワラントの換金を求めたが、被告は「今処分すると損ですよ。これから上がりますよ。」と虚偽の事実を言って拒否し、これに応じなかったのであるから仕切り拒否である。

3  原告の損害

(一) 本件ワラントの売買代金一七三五万一二二五円

(二) 不法行為の日の翌日である平成二年七月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(三) 弁護士費用一七三万円

4  被告の責任

本件違法行為は、被告自身が原告の権利を侵害したものとして、民法七〇九条の不法行為に該当する。

また、被告は、証券取引という事業のために乙山を使用し、ワラント販売活動という業務の遂行につきなした乙山の違法な販売行為により原告に損害を与えたものであるから、民法七一五条の使用者責任を負う。

三  被告の主張

1  証券会社の営業担当者の顧客に対する具体的な勧誘行為が不法行為を構成するか否かについては、当該担当者が客観的にどのような状況の下で、どのような表現を用い、またどのような資料を用いたかという勧誘行為の客観的側面とともに、勧誘の対象者である当該顧客がどのようなタイプの投資家であるのか、すなわち当該顧客のいわゆる投資家としての属性及び当該顧客の当該商品に対する理解の度合いないし認識の程度との関連で、当該顧客の正常な投資判断が阻害されたか否かについて、個別具体的に法的評価がなされるべきである。

2  原告は、本件取引が行われた平成二年七月当時、司法書士業務のほかに、不動産仲介業も行っており、相当な資力の持ち主であった。また、原告は、本件取引までに、少なくとも被告以外の証券会社三社との間において、三年間以上の証券投資経験を有しており、特に、平成二年三月からは多数回にわたる信用取引の経験もあった。原告は、それらの取引において、証券会社の担当者の勧誘を鵜呑みにすることなく、自らの意思で積極的に投資判断を行っていたものであり、また、それらの取引を通じて、原告は、証券投資に必ずリスクが伴うことも十分に認識していた。

3  本件取引の経緯について

(一) 乙山は、平成二年七月はじめころ、当時の顧客から、随分大きく株式投資を行っている司法書士の先生がいるという話を聞き、原告の事務所に電話をして、訪問したい旨を述べたところ、原告から日時の指定を受けたので、同月一〇日ころ、原告の事務所を訪問した。右訪問の際、原告は、乙山に対し、それまで山一証券株式会社(以下「山一証券」という。)を通じて証券取引の経験があること、同社との取引には評価損が出ており、同社の担当者に不満を持っていることなどを聞かされた。その際、乙山は、原告から、値動きの激しい株を買い付け、値上がりすれば短期で売却し、売却益を確保するという投資方針を聞いた。

(二) その後、乙山は、本件取引に至るまで、原告事務所を三、四回訪問し、現物株式と転換社債を案内したが、これらの取引は既に山一証券において行っていたこと及び値動きが小さいことなどの理由で、原告の買付には至らなかった。

(三) 乙山は、原告の投資方針、投資経験、資産力、判断力等の点から、原告をワラント取引に適した顧客と考え、原告の事務所を二度目に訪問したころ以降、原告に対し、ワラントという商品があることを伝え、ワラントの内容について以下のような説明を行った。

すなわち、ワラントとは、新株引受権であること、ワラントの価格は当該銘柄の株価に連動し、株価の数倍の率で上下するハイリスク・ハイリターンの商品であること、ワラントには行使期限があり、権利行使期間内に権利行使も売却もせずに行使期限が過ぎると、ワラントの価値はゼロになること、さらに、外貨建てワラントの場合には株価変動の影響を受けることを説明し、さらに、原告が信用取引の経験があることから、信用取引と比較して、投資効率の点では共通性があること、期限が信用取引よりも長く、長期的に相場を見ることができるというメリットがあること、最悪の場合でも、損失が買付代金に限定されることなどを説明した。

(四) 乙山は、平成二年七月一七日、原告に対し、ワラントの内容について再度説明を行った後、具体的銘柄として本件ワラントを勧めた。その際、乙山は、原告に対し、大京の株価のチャートを示しながら、大京の株価が上昇する期待がもてると思われる旨を述べた上、具体的に本件ワラントについての権利行使価格及び権利行使期限並びに本件ワラントが外貨建てであることなどを説明したところ、原告が購入を承諾したものである(なお、当日は既に夕刻であったため、実際に本件ワラントの購入がなされたのは、翌七月一八日である。)。

なお、乙山は、原告から、「何日くらいで、どのくらい儲かると思うか、君の考えをいって見ろ。」と執拗に意見を求められたため、あくまでも私見であり、見通しであることを強調しながら、一〇日ほど終わったころに、一〇〇万円くらいを目標にして売却できればいいと思うと述べたが、それは、原告から本件ワラントの購入の意思表明がなされた後のことであり、乙山は、原告の誤解を招かないように、右は自らの本件ワラント価格の上昇についての見通しないし期待であって、決して確実なものではなく、損失が発生する可能性のあることも十分に注意して発言したものである。

(五) 乙山は、平成二年七月一九日、ワラントの商品内容及びワラント取引の仕組みをわかりやすく解説した「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書及び外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙第一号証)を原告に示しながら、同説明書に従って、ワラントの内容について一通り説明した後、同説明書の末尾に綴られている確認書を切り離して、これに原告の署名捺印を得た上、確認書を切り離した後の説明書を原告に交付した。原告はこのとき、ワラントについて説明を受けていないとかワラントは分からないといった異議の申出や苦情は一切述べていない。

(六) 原告は、平成二年七月末ころ、約一五〇万円の評価損が出ていることを乙山から伝えられると、これに不満を述べ、本件ワラントを売却して、発生した損失を補填するよう乙山に求めてきた。乙山は、損失補填を条件とした売却注文を受けることはできない旨を述べたが、原告の要求に一人で対応するのが困難であると感じたため、同じころ、上司である丙川と原告の事務所を訪問し、改めて損失補填を条件とした売却はできない旨を伝えた。その際、乙山らは、原告に対し、もう少し様子をみてはどうかと意見を述べたところ、原告はこれに同意してそのまま保有することになったものである。

4  本件取引の違法性について

以上に述べたように、原告はワラントの商品性及びワラント取引の仕組みを十分に理解した上で、本件ワラントを購入したものであり、また、乙山はその勧誘にあたり、決して断定的な表現を用いたり、また、虚偽・誤導表示をしたり、執拗かつ強引であったりしたことはない。さらに、原告の主張する仕切り拒否については、平成二年七月末には、原告は損失補填を条件に売却を申し出たのであって、これは正式な売却注文には該当せず、乙山及び丙川がこれを拒否したとしても、仕切り拒否ではないし、同年九月には、そもそも、原告が売却注文を出した事実自体が存在しない。

5  相当因果関係の不存在

仮に、乙山に、断定的判断の提供、虚偽・誤導表示による勧誘行為、又は執拗、強引な勧誘行為があったとしても、前述したような原告の投資家としての属性、投資姿勢、投資方針などからすれば、決して乙山の勧誘に左右されることなく、それを一つの判断材料としつつ、自らの判断によって本件ワラントを買い付けたものというべきである。したがって、乙山の勧誘行為と原告の本件ワラントの買付及び損失との間には、いずれも相当因果関係は存在しない。

四  主な争点

1  乙山が本件取引を勧誘した行為が違法であるかどうか。

2  乙山及び丙川が、原告の本件ワラントの売却を拒否(仕切り拒否)したかどうか。

第三  当裁判所の判断

一1  前記争いのない事実に、証拠(甲一四、甲一六ないし一八(原告陳述書)、乙一〇(乙山陳述書)、証人乙山三男、同中田孝利、原告本人のほか、次の各項末尾掲記のもの)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告の属性

原告は、昭和二二年生まれの男性(本件取引当時、四三歳)で、昭和五七年一二月から、司法書士を開業しているほか、不動産取引業の免許も有している。本件取引当時の原告の司法書士としての年収は五、六百万円程度であり、不動産取引業からの収入についても、平成元年当時、二〇〇〇万円程度あった。

原告は、昭和六二年三月ころから、証券取引を始め、本件取引当時、その投資金額は二億円を超えていた。当時の原告の主な取引相手は山一証券であり、被告との取引経験はなかった。原告の証券取引の内容は、主として、現物株式の売買であったが、平成二年三月以降は、株式の信用取引も行っていた(甲一二、甲一五、甲一九、乙一一、乙二六)。しかし、原告は、本件取引以前はワラントの取引経験はなく、その知識もなかった。

(二) 本件取引に至る経過

(1) 乙山は、平成二年七月初めころ、当時取引を勧誘していたAから、大規模に株式投資をしている司法書士として、原告の話を聞き、同月一〇日ころ、原告の事務所を訪問した。原告は、乙山に対し、山一証券との間で取引を行っていると話したが、被告との間で新しく取引を開始してみてもいいような口振りでもあった。

(2) 乙山は、その後、三、四回程度、原告事務所を訪問し、原告に対し、具体的な銘柄をあげて、株式などの勧誘を行ったが、原告はそれに応じなかった。乙山は、原告の態度から、利益幅の大きい商品を勧めれば、取引を開始してくれるのではないかと考え、ワラントを勧誘することにした。その際、乙山は、ワラントという商品について、信用取引との比較という形で一応の説明を行ったが、その説明は、投資効率が高いことなどのワラントの有利性に力点がおかれ、ワラントの危険性、特にワラントの価格が大幅に下落したり、時には無価値になる危険性について、明確な説明を行わなかった。しかも、右説明は、説明書や資料を示しての改まった説明ではなく、やり取りの中での口頭での説明にすぎなかった。

(3) 平成二年七月一七日夕方、乙山は、原告事務所を訪問し、原告に対し、本件ワラントの購入を勧誘した。その際、乙山は、最初の取引であるから必ず儲けてもらう、本件ワラントを一七〇〇万円で購入すれば、一〇日後には一八〇〇万円になる、一〇日間で一〇〇万円儲かる、という趣旨のことを言って購入を勧めた。

原告はこれに応じて、本件ワラントを購入することとし、同日、口頭で、乙山に対し、本件ワラントの買付注文を出した(当日は、既に夕刻になっていたため、本件ワラントの買付は翌一八日になった。)。

(4) 当時、被告では、ワラント取引開始に際し、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書及び外国新株引受権証券(外貨建てワラント)取引説明書」(乙一。以下「説明書」という。)を交付することになっていたところ、本件において、説明書が原告に交付されたのは、本件取引成立後のことであり、それまでは、乙山は、原告に対し、右説明書を見せたことはなかった。

(三) 本件取引後の経緯

(1) 原告が本件ワラントを購入してから、大京の株価は下落を始め、それにやや遅れて本件ワラントの価格も下落を始めたため、平成二年七月末には、本件ワラントは、一五〇万円程度の評価損を出していた。原告は、乙山に対し、損失について不満を述べ、何とかしてほしいという趣旨の発言をするとともに、本件ワラントを売却するように指示した。これに対し、乙山は、上司であった丙川とともに原告を訪問し、もう少し待ってくれれば損を取り返すことができるだろうというような意見を述べた。その結果、原告は、本件ワラントをそのまま保有することにした。

その後、原告は、平成二年八月から一〇月にかけて、被告を通じて、乙山から勧められた株式など、合計三銘柄、三〇〇〇株の現物株式の取引を行い、差引き九〇万円程度の利益を上げたが、損失を取り戻すことはできなかった。

(2) 本件ワラントの価格は、平成二年八月以降、株式相場全体の下落とともに、さらに大幅な下落を始め、同月末日には約八三〇万円、同年一一月末日には四六六万九〇〇〇円、平成三年五月末には二七五万七〇〇〇円、同年八月三〇日には約一〇二万円、同年一一月二九日には約一六万円、平成四年六月三〇日には約六〇〇〇円、平成五年四月末日には約五五〇〇円と下落し続けた(甲九の1、2、乙九の1ないし17)。本件ワラントは、その後も価格の上昇を見ないまま、平成六年七月一二日の権利行使期間の満了により、その価値を失った。

(3) 原告は、被告から年に数回送付される「外貨建てワラント時価評価のお知らせ」等によって、本件ワラントの価格が大きく下落していることを知っていたが、被告に損失を取り戻すことを求めるのみであった(甲九の1、2、甲一一の3、4、甲一三、乙九の1ないし17、乙一五、一六)。

2  右(二)の認定に対し、乙山は、ワラントの危険性については、繰り返し説明した旨供述するが、その説明とは、説明書等の資料を示してのものではなく、取引を新たに開始してもらうためのやり取りの中で行われたものであることは乙山自身認めているところであって、そのような勧誘の過程での説明において、そもそも商品の危険性について繰り返し説明するものであるか疑問であるし、危険性について原告から質問がされたということも認められない状況においては、少なくとも原告が納得しうるに足りるだけの明確な説明があったと認めることはできない。また、乙山は、一〇日間で一〇〇万円という発言をしたこと自体は認めつつも、それは、原告から本件ワラントの購入の意思表明がなされた後、帰る間際に、執拗に同人の見通しを表明することを求められたため、あくまでも見通しないし目標として述べた数字であって、損失が発生する可能性も十分あると繰り返し説明した旨供述する。しかしながら、一〇日間で一〇〇万円という具体的数字を、取引が成立した後に初めて口に出すということは、それ自体不自然である。むしろ、乙山は、原告を将来のいい顧客候補であり、是非取引を開始してもらいたいと考えていたこと、そのため営業政策的にもまずは確実に儲かるものを案内しようと考えていたこと、最初の感触に反してすぐには取引を開始してもらえなかったこと、そのため利益幅の大きさを強調した勧誘を行おうと考えていたこと、本件ワラントに関しては大京の業績や株価の推移からみて株価がこれからどんどん上昇することは確実であろうと考えていたことが認められる(甲一三、証人乙山)のであるから、乙山が原告に被告との取引を開始してもらうために、取引の危険性についてはほとんど触れずに、一〇日間で一〇〇万円儲かるというような、利益幅の大きさを強調した表現をして勧誘したことも十分あり得ることであり、それまでなかなか取引を開始しなかった原告が、本件ワラントの勧誘をされたその日に、一七〇〇万円もの取引を承諾したことも整合する。加えて、原告本人のこの点に関する訴訟前及び訴訟を通じての一貫した主張(甲一一の1ないし4、一三、乙一三ないし一六)、証人中田孝利の証言との対比などからしても、乙山の前記供述は採用することができない。

二  本件勧誘行為の違法性について(争点1)

1 証券投資は、これを行う者の自己責任の下に行われるべきものではあるが、証券取引を行おうとする多数の一般投資家は、証券取引の専門家としての証券会社の推奨、助言等を信頼して取引の判断をしているのが実情であるから、当該証券取引の性質(一般的な危険性の程度)、顧客の投資経験、知識、職業、年齢、判断能力等に応じてではあるが、証券会社又はその被用者が、取引に伴う危険性(投資するかどうかを判断するための重要な要素である。)について正しく認識するに足りる情報を提供せず、かえって、当該取引によって大きな利益が得られることを強調し、具体的な数字をあげて利益が得られることが確実であると思わせるなど社会的に相当でない手段又は方法による勧誘をした場合において、顧客がその勧誘行為に基づいて取引を行い、その結果損害を被ったときは、右勧誘行為は当該顧客に対する不法行為を構成するというべきである。

2 本件においては、前記一認定のとおり、原告は本件取引までワラント取引をしたことがなく、ワラントについての知識も有していなかった者であるところ、乙山は、本件ワラントの購入を勧誘するにあたり、ワラントの説明書を交付することはもとより、これを見せることもせず、ワラントの有利性を中心とした説明を行って、その危険性についての明確な説明も行わず、他方で、「本件ワラントを一七〇〇万円で購入すれば、一〇日後には一八〇〇万円になる。」「一〇日間で一〇〇万円儲かる。」と短期間に大きな利益が得られることを具体的な金額を挙げて強調したというのである。これは、原告が四三歳の司法書士で、信用取引を含む多額の株式取引の経験があること等を考慮しても、本件取引に伴う危険性についての判断を誤らせ、本件取引によって得られるべき利益に目を向けさせ、その結果、自由な判断で本件取引を行うか否かの決定をするのを妨げるに十分なものであるから、勧誘行為として許される限度を超えたものといわざるを得ない。

3  ところで、被告は、原告の投資家としての属性、投資姿勢、投資方針などからすれば、原告は、乙山の勧誘を一つの判断材料としつつも、それに左右されることなく、自らの判断によって本件ワラントを購入したものというべきであり、乙山の勧誘行為と原告の本件ワラントの買付との間には相当因果関係がないと主張する。確かに、原告のこれまでの豊富な投資経験からすれば、証券投資には危険が伴うものであり、絶対ということはないと認識していたと考えられるし、勧誘に当たり、証券会社の担当者が利益を強調しがちであることも認識していたのではないかと考えられる。しかしながら、証券会社の従業員から、その販売する商品について「一〇日で一〇〇万円が儲かる」との説明を受けた場合に、それを信頼して当該商品を購入することは通常あり得ることであるところ、原告は、乙山から具体的な銘柄を示して現物株式などの取引を勧誘された際には、それに応じていない一方で、本件ワラントについては、一七〇〇万円を超える大きな投資金額であるにもかかわらず、勧誘されたその日に購入の申込みをしているのであって、このことからも、乙山の、一〇日で一〇〇万円儲かる旨の勧誘を信頼し、それがあったために本件取引を行ったことを推認することができる。

4  したがって、乙山は、前記の違法な勧誘行為により原告に本件取引を行わせたもので、乙山には、前記勧誘行為について少なくとも過失があったと認められるから、乙山の右行為は不法行為に該当し、被告は使用者としての責任を免れない。

三  仕切り拒否の有無について(争点2)

前記一認定のとおり、原告は、乙山に対し、本件取引後の平成二年七月末ころ、いったん本件ワラントを売却する旨の意向を示した(なお、同年九月ころに、本件ワラントの売却を求めたという点については、これを認めるに足りる証拠がない。)が、結局は、乙山及び丙川の意見を受け入れて、売却しないで保有し続けることとしたというのであるから、原告の「仕切り拒否」の主張は、被告が本件ワラントの売却を拒否したという事実が認められない点において理由がない。

四  賠償すべき損害の額について

1  本件取引による損害

前記一認定のとおり、本件ワラントは、結局権利行使されることなく、権利行使期間が終了したことにより、全く価値のないものとなった。したがって、原告は、購入代金一七三五万一二二五円の損害を被ったと認められる。

2  過失相殺

(一)  乙山の本件取引における勧誘行為は、前記のとおり、許される限度を超え、取引を行うか否かについての原告の自由な判断を妨げた違法なものである。しかし、他方、原告は、乙山からの説明以上に、ワラントないしワラント取引に関して詳細を知ろうと努めることもなく、一〇日で一〇〇万円儲かるという話を鵜呑みにし、安易に一七〇〇万円以上もの投資をしたものである。そして、利益の獲得を求めてあえて証券取引に入ろうとする以上、取引開始に当たり、自らその取引の危険性等について十分理解するように努めるべきであるという自己責任の原則の観点からは、右努力を怠りながら、損害を被ったからといってこれを全て被告の責に帰することはできないものというべきである。特に、前記一1認定のような原告の豊富な投資経験、職業、年齢などに照らせば、原告の本件取引開始に当たっての右のような安易な態度は、怠慢の度合いが大きいと言うべきである。また、原告は、一〇日間で一〇〇万円という利益の大きさを魅力として、本件取引に入ったのであるが、原告は、その証券投資の経験からすると、一〇日で一〇〇万円儲かる旨の乙山の発言も、これを保証し得るものではないことを容易に知ることができたし、また、利益が大きな投資商品はそれだけ大きなリスクを伴うものであるということに思いを致すことができ、またそうすべきであったということができる。

さらに、原告は、前記一認定のとおり、継続して被告から本件ワラントの時価評価額の通知を受けており、本件ワラントの時価評価額が下落続けていることを知りながら、被告従業員に対し、損失を取り戻すことを求めるばかりで、権利行使期間経過まで本件ワラントを保有し続けたものであり、本件ワラントの購入価格の全部が損害となった点については、原告自身の選択によると言うべき点があることも否定できない。

(二)  以上のような諸事情を総合すると、原告の前記損害のうち、過失相殺として、損害額の八割を減ずるのが相当である。

3  したがって、原告の前記1の損害のうち被告が原告に対して賠償をすべき金額は、三四七万〇二四五円である。

また、原告が、本訴の提起追行を弁護士細川喜信及び的場智子に委任したことは記録上明らかであるところ、本件訴訟の内容、経過、認容額等を考慮すると、損害として求めうる弁護士費用は三五万円が相当である。

なお、付帯請求の起算日は、不法行為の場合、その損害発生時であるところ、前記認定のとおり、本件ワラントの取引については、その権利行使期間の経過により損害が現実化したものというべきであるから、右期間の最終日の翌日である平成六年七月一三日が、右起算日となる(なお、原告は認容額にかかわらず、弁護士費用相当額については遅延損害金の支払を求めていない趣旨と解する。)。

第四  結論

以上により、原告の本訴請求は、三八二万〇二四五円及び内金三四七万〇二四五円に対する平成六年七月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官水上敏 裁判官川谷道郎 裁判官橋本恭子)

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